制御性T細胞を増やし、肝臓の炎症を抑える
―代謝機能障害関連脂肪肝炎の新たな治療法開発への手がかり―
発表日時 | 365体育app7年1月17日(金)11時00分~11時30分 |
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開催場所 | 生涯研修センター研修室 |
発表者 |
本学医学部 先端医学研究所 |
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発表内容
発表のポイント
- 代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)は脂肪肝を原因とする肝炎の一種で、肝硬変や肝がんに至る進行性の疾患である。しかしながら、MASHに対する有効な治療法は未だ確立されていない。
- MASHモデルマウスの肝臓T細胞で、核内受容体Nr4aファミリーの遺伝子発現が上昇していることを発見した。
- T細胞特異的にNr4aを欠損したマウスはMASHに抵抗性を示した。このマウスでは、肝臓内の制御性T細胞(Treg)が顕著に増加し、その抗炎症機能も強化されていた。
- T細胞におけるNr4a活性化の人為的な制御は、MASHの新規治療法の開発に貢献することが期待される。
1.背景
MASH(1)は、アルコール摂取を原因としない、肝臓内の脂肪蓄積が炎症や線維化を引き起こす慢性的な疾患です。MASHが進行すると肝硬変、さらには肝がんを発症するリスクが高まります。現在、世界中でMASH患者は増加する傾向にあり、わが国でも300万人以上が罹患していると推定されています。しかしMASHの病態形成に関しては不明な点が多く、有効な治療方法が確立されていないため、その開発が急務と考えられています。
肝臓には、肝機能を担う肝実質細胞だけでなく、T細胞(2)を含む多様な免疫細胞が存在します。近年、これらの免疫細胞により構築される免疫システムがMASHの発症や進行へ及ぼす影響に注目が集まっています。これまでに、東京理科大学生命医科学研究所分子病態学部門の吉村昭彦教授(研究当時:慶應義塾大学医学部微生物学免疫学教室)らの研究グループは、核内受容体Nr4a(3)が、制御性T細胞(4)やCD8 T細胞などのT細胞の分化に重要な役割を果たすことを発見していました。しかしながら、Nr4aの機能がT細胞によるMASHの病態形成にどのように関わっているのかについては未解明でした。
2.研究成果
まず、野生型のマウスに対して、高脂肪コリン欠損メチオニン減量飼料を用いて食餌によりMASHを誘導し、肝臓のT細胞におけるNr4aの遺伝子発現を解析しました。その結果、通常飼料を給餌された対照マウスと比較して、MASHを誘導されたマウスのCD4 T細胞およびCD8 T細胞では、Nr4a遺伝子の発現上昇が認められました。次に、T細胞のNr4aがMASHの病態形成に及ぼす影響を検討するため、T細胞特異的にNr4a1とNr4a2を欠損する遺伝子改変マウス(dKOマウス)を作製し、食餌によりMASHを誘導しました。その結果、dKOマウスではMASHに見られる肝機能の低下、肝臓の細胞死、炎症性マクロファージの浸潤や肝線維化などが抑制されていました。また、CD8 T細胞特異的にNr4a1とNr4a2を欠損したマウスでは、MASHに対する抵抗性は認められませんでした。これらの結果から、CD4 T細胞におけるNr4aはMASHの病態形成を促進している可能性が考えられました。そこで、肝臓内のCD4 T細胞の分布を詳細に解析したところ、MASHを誘導したdKOマウスの肝臓では炎症応答を促進するTh1細胞やTh17細胞が減少しており、逆に炎症応答を抑制するTregが顕著に増加していることが明らかになりました。
近年、1細胞ごとにRNAを解析する技術が進歩し、個々の細胞の遺伝子の発現情報を網羅的に調べることが可能になりました。研究グループはこの技術を利用し、肝臓内のCD4 T細胞についての遺伝子発現情報とT細胞受容体の配列情報を同時に解析しました。その結果、MASHに抵抗性を示したdKOマウスの肝臓では、免疫応答を抑制するサイトカインであるIL-10を高発現する特定のTregサブセットが増加していました。また、このIL-10高発現Tregの一部は、脂肪性肝炎に応答してクローン性に増殖していることも明らかになりました。以上の結果から、Nr4aはTregの増殖や機能を制御することによってMASHを促進している可能性が示唆されました。
最後にNr4aがTregの増殖や機能を制御するメカニズムを検討しました。その結果、MASHを誘導したdKOマウスの肝臓Tregサブセットでは、転写因子Batf(5)の発現が上昇していました。逆に、TregにおけるNr4a2の強制発現はBatfの発現を抑制しました。Batfは組織でのTregの機能に重要な転写因子として知られています。dKOマウスのTregにおいてBatfの発現を抑制したところ、細胞の増殖やIL-10の産生が低下することがわかりました。これらの結果より、MASH下で誘導されるNr4aはBatfの発現を阻害し、その結果、Tregの増殖や機能が抑制されることが推察されました。
以上のように、肝臓のTregは抗MASH効果を有しており、T細胞におけるNr4aやBatfを標的とした人為的な制御によりその効果を増強できる可能性が示されました。本研究の成果は、免疫応答を利用した、MASHに対する画期的な治療法の開発に繋がることが期待出来ます。
3.用語説明
(1) MASH
2023年に欧州肝臓学会、米国肝臓病学会、ラテンアメリカ肝疾患研究協会の提唱により、従来はNASH(Non-alcoholic Steatohepatitis)と呼ばれていた肝疾患の名称がMASH(Metabolic Dysfunction Associated Steatohepatitis)へと変更されました。
(2) T細胞
免疫応答に関与するリンパ球の一種です。キラーT細胞と呼ばれるCD8 T細胞やヘルパーT細胞と呼ばれるCD4 T細胞などから構成されています。CD8 T細胞は強力な細胞傷害活性を有しており、腫瘍細胞やウイルス感染細胞などを認識します。CD4 ヘルパーT細胞はサイトカインと呼ばれる液性因子を介して様々な免疫細胞に働きかけ、免疫応答をコントロールします。CD4 ヘルパーT細胞はナイーブCD4 T細胞から分化し、分泌するサイトカインの種類によって分類されます。Th1細胞はウイルス感染、Th17細胞は真菌感染に対する免疫応答を誘導しますが、これらの細胞の過剰な活性化は炎症性疾患や自己免疫疾患を引き起こすことが知られています。
(3) Nr4a
Nuclear Receptor Subfamily 4Aの略です。Nr4a1、Nr4a2、Nr4a3から構成されるオーファン核内受容体ファミリーのメンバーで、転写因子としてT細胞の活性化や分化を制御しています。本研究ではNr4a1とNr4a2を欠損したT細胞を有するマウスを解析し、MASHにおけるNr4aの機能を検証しました。
(4) 制御性T細胞
Regulatory T cell (Treg)と呼ばれるヘルパーCD4 T細胞の一種で、主に胸腺で作られます。自己に応答するリンパ球の増殖や活性化を抑制するほか、抗炎症性サイトカインであるIL-10を分泌し炎症を抑制する機能を有します。末梢における免疫寛容の成立において中心的な役割を果たしています。
(5) Batf
Basic Leucine Zipper ATF-like Transcription Factorの略です。塩基性ロイシンジッパーと呼ばれるDNA結合モチーフを持つ転写因子です。組織におけるTregの分化、機能や集積などを制御しています。
4.研究サポート
本研究はJSPS(19K07629, 21H02719, 21H05044, 22H05064, 22K1944, 23H04785, 23K06587, 23K06723)、AMED(JP21gm6210025, AMED-PRIME 22gm6210012, JP23gm1110009, JP23zf0127003)、化学及血清療法研究所、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、先進医薬研究振興財団、慶應義塾学事振興資金による支援を受けて行われました。本研究の大部分は慶應義塾大学微生物学免疫学教室にて実施されました。
5.論文情報
論文名:The Nr4a family regulates intrahepatic Treg proliferation and liver fibrosis in MASLD models
著 者:Daisuke Aki, Taeko Hayakawa, Tanakorn Srirat, Shigeyuki Shichino, Minako Ito, Shin-Ichiro Saitoh, Setsuko Mise-Omata, and Akihiko Yoshimura
掲載誌:The Journal of Clinical Investigation、2024年10月15日付けの電子版で公開)
DOI:10.1172/JCI175305
URL:https://www.jci.org/articles/view/175305
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