腫瘍内高乳酸によってヒストン修飾と免疫抑制を誘導する新たな経路の発見
発表日時 |
365体育app6年11月25日(月) 11時00分~11時30分 |
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場所 | 生涯研修センター研修室 |
発表者 |
本学医学部 分子遺伝学講座 教授 井上徳光、講師 馬場崇 |
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発表内容
発表のポイント
- 高乳酸はB細胞におけるヒストンH3の27番目のリシンのアセチル化 (H3K27ac) を増強する。
- 高乳酸はB細胞への直接刺激とB細胞以外の細胞からの間接的な作用によりH3K27acを促進する。
- EPAC1/2阻害剤は、マウス膀胱がんに浸潤したB細胞のH3K27acを抑制する。
- 高乳酸によってB細胞は抑制性サイトカインであるIL-10の産生を促進し、制御性B細胞を誘導する。
- EPAC1/2阻害剤を含む乳酸経路の制御は、泌尿器系腫瘍の有効な治療法になる可能性がある。
1.背景
腫瘍内には多様な免疫細胞が浸潤しており、がん細胞を攻撃し、腫瘍の進展を抑えています。一方、がん細胞は免疫チェックポイントをはじめとする様々な分子を介して抗腫瘍免疫(1)から回避しています。腫瘍内では共通して、ワールブルク効果と呼ばれるがん細胞の解糖系(2)の亢進により、乳酸が過剰に産生?分泌され、高乳酸環境であることが知られています。近年、単なる解糖系の最終産物として考えられていた乳酸は、免疫細胞に働きかけ、抗腫瘍免疫を抑えるメディエーターとして注目を集めています。しかし、乳酸が作用する免疫細胞は多様であり、乳酸の作用機序は細胞種ごとに異なっているため、未だに乳酸が免疫細胞に与える効果の全貌は解明されていません。そのため、私たちは腫瘍内高乳酸環境が免疫細胞に与える影響を研究してきました。
2.研究成果
これまで、ある種のがん細胞において、乳酸は様々なリシン残基のヒストンのアセチル化(3)を促進することが報告されていました。また、乳酸は、ヒストンアセチル化酵素の基質であるアセチルCoAに変換されることも知られています。最初に、我々はマウスの脾臓細胞を高乳酸条件下で培養すると、ヒストンH3の27番目のリシンのアセチル化(H3K27ac)が特異的に増強されることを明らかにしました。さらに、脾臓細胞に含まれる免疫細胞の中で、特に、B細胞とマクロファージにおいてH3K27acの増強が顕著であることも分かりました。H3K27acは、遺伝子発現の増強の指標であることから、乳酸によって転写の増強が起こっている可能性が考えられます。
続いて、我々はB細胞のH3K27acを乳酸依存的に促進するシグナル経路を明らかにすることにしました。B細胞の細胞表面にはCD40(4)が発現しており、ヘルパーT細胞のCD40リガンドが結合すると活性化されます。我々はCD40の活性化抗体やCD40リガンドの阻害抗体を用いた実験を通じて、高乳酸条件下におけるB細胞のH3K27acの促進にはCD40の活性化が重要であることを明らかにしました。
さらに、H3K27acを促進するシグナル経路を明らかにするために、GPCR(5)に着目しました。800種類以上存在するGPCRの中には、乳酸イオンをリガンドとするものやプロトン感受性GPCRが含まれています。それらの下流にある複数のシグナル経路を探索したところ、グアニンヌクレオチド交換因子であるEPAC1/2(6)の活性化がB細胞のH3K27acの上昇に関与していることを明らかにしました。また、EPAC1/2の阻害剤を用いた実験によって、同様の現象が膀胱がん細胞MBT2細胞株由来の腫瘍に浸潤したB細胞においても認められました。
最後に、H3K27acの遺伝子発現に与える影響を解析しました。高乳酸環境におけるB細胞の遺伝子発現パターンをRNA-seq(7)により包括的に探索したところ、腫瘍内免疫を抑える代表的なサイトカインであるIl10が同定されました。実際に、高乳酸環境下でB細胞を培養すると、Il10のmRNA量や培地中のIL-10の増加が確認されました。さらに、乳酸依存的なIl10の増加はEPAC1/2阻害剤により抑制され、H3K27acの増加との関連も考えられました。IL-10を産生するB細胞として制御性B細胞が報告されていますが、乳酸はその抗原マーカーであるCD1d+CD5highの細胞集団を増加させることも見出しています。
以上の結果から、高乳酸は、B細胞のIL-10産生を増加させ、腫瘍内の免疫抑制環境の形成に関与している可能性が示唆されました。
3.用語説明
(1) )抗腫瘍免疫
腫瘍内には多様な免疫細胞が浸潤しており、がん細胞の増殖を抑える作用を持つ。免疫細胞によるがん細胞への攻撃が弱まると腫瘍が進展する。
(2)解糖系
細胞内のサイトゾルでグルコースを分解し、エネルギー(ATP)を生成する代謝経路。
(3)ヒストンのアセチル化
ヒストンは、長いDNA鎖をコンパクトに収納し、クロマチンを形成するためのタンパク質である。ヒストンのN末端側にあるリシン残基がアセチル化されると、クロマチン構造が変化し、遺伝子の転写活性状態が変わる。
(4)CD40
B細胞とマクロファージの細胞膜に発現し、B細胞ではクラススイッチや増殖に関わる。
(5)GPCR
Gタンパク質共役型受容体。
(6)EPAC1/2
「exchange protein directly activated by cAMP」の略称。GPCRの下流のシグナル伝達タンパク質の一つ。
(7)RNA-seq
RNA sequencingの略称。組織や細胞におけるmRNAの発現量を網羅的に解析する方法。
4.研究サポート
本研究は科研費基盤研究B(課題番号 16H04703、19H03529)、基盤研究C(課題番号 22K07155)、若手研究(課題番号 21K16745)による支援を受けて実施されました。
5.論文情報
論文名:Tumor-derived lactic acid promotes acetylation of histone H3K27 and differentiation of IL-10-producing regulatory B cells through direct and indirect signaling pathways.
著 者:Satoshi Muraoka, Takashi Baba, Takashi Akazawa, Kei-ichi Katayama, Hiroki Kusumoto, Shimpei Yamashita, Yasuo Kohjimoto, Sadahiro Iwabuchi, Shinichi Hashimoto, Isao Hara, Norimitsu Inoue
掲載誌:International Journal of Cancer (Union for International Cancer Control (UICC)のOfficial Journal、2024年10月31日付けの電子版で公開)
DOI:10.1002/ijc.35229
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ijc.35229
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